アクセスランキング

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自由の境地

2012年03月17日 07:10

至人の心を用ふるは鏡の若く、将らず逆へず、応じてかくさず。

至人とは老荘思想において最高の人間を意味し、鏡と同じように、ごく自然に生きており、先のことを憂いて取り越し苦労もないし、過ぎ去った事を悔やむことも無い。

ようするに自然。何が起きてもあるがままに受け入れ、何者にも左右されない絶対自由の境地に居る生き方が良いと説いています。

ブログパーツ
スポンサーサイト

多面的に観る

2012年03月11日 09:51

常無は以って其の妙を観んと欲し、常有は以って其の徼を観んと欲す「體道一」

欲の無いまっさらな心であれば、人間社会の最上のもの、妙が見え、欲があると、混沌とした世の中の様子、徼が見えてくる。

但し、どちらも「道」から生まれたものであり、良い、悪いとゆう意味は無い。

さらに「道」はそれらに上、下級などの等級をつけていない。

そうゆう価値観に左右されると、本質を見失うかもしれないから、妙も徼も両方観る事ができる人間になる必要がある。

ブログパーツ

名前の意味

2012年03月09日 15:25

名の名とす可きは、常名に非ず。名無し、天地の初めには。名有れ、万物の母にこそ「體道一」

万物が無数に生み出されて、収拾がつかなくなり、それらを判別するために名前が付いたのであり、名前自体には中身がない。

よく名前や肩書きで人を判断しがちですが、それらを取り外して観ないとその人の実体、真理はつかめない。

ブログパーツ

道は体得するもの

2012年03月04日 10:39

道の道とす可きは常道に非ず「體道第一」

矛盾がありますが、「道」ですよと言葉で説明すると同時に、それはもう「道」ではないと述べています。

要するに、言葉とゆうものは、そんなに頼りに成る物ではなく、限界があると主張しているようです。

実際に自分でその現場に出向いて、自分の目で見て、触れ確かめて、初めて現場の実情を知ったことになります。

それが、冒頭の文の表題にある「體道」、道を体得することになります。

バーチャル化が進んでいる現在ではさまざまな場面で現場で体得することが少なくなってきています。

現在人に警鐘を鳴らしています。

ブログパーツ

無為に至る

2012年03月03日 12:20

学を為せば日に益し、道を為せば日に損す。之を損し又損し、以って無為に至る。

無為にして為さざる無し。「忘知第四十八」

知識があるばかりに、それを披露したい思いに駆られ、何かと屁理屈をこねて口に出したがり、知識はそういう「欲」を起こす大本になる。

但し、この章では、学ぶ事を否定しているのではありません。

知識を得ようと学ぶだけではなく、この世の心理・道理である「道」を追求して行くと、知識など大したものではないと思えてくる。そして知識をどんどん減らして行くと、やがて無為の境地に至る。

意図的・作為的に物事を進めようとすればするほど、うまくいかなくなる。

「道」には出っ張りすぎを平らにする作用(中庸)があり、「道」の呈する事実だけを直視して生きてゆくと、道が味方をしてくれてすべてがうまくゆくようになると、述べているように思われます。

ブログパーツ

陰陽和す

2012年02月28日 15:50

道一を生じ、一二を生じ、二三を生じ、三萬物を生ず。

萬物陰を負ひて陽を抱き、冲氣以って和を為す。「道化四十二」

言葉通り解釈すると、道が一を生み出す。一は元気で気の元。

その元気が二を生じる。二は陰と陽の意味。

二が三を生じる。三は冲氣で、空っぽ、無を意味しますが、何も無いという単純な意味ではなくて、何かを生み出す、ものすごいエネルギーに満ちているものです。


「三萬物を生ず」というのは、陰と陽が冲氣によって和されて、一体化しさまざまなものを生み出すことを表します。

この陰陽和すという事象は、普段も日常的に起こっている事柄です。

ブログパーツ

強欲は人の心を狂わせる

2011年06月05日 06:42

狩りの楽しみは、人の心を狂わせ、貴重な財宝は、人の心を誤らせる。(第十二章)

狩りは、当時の中国ではひとつの楽しみであり、現在で言えば、ゴルフとかパチンコのようなものでしょう。
しかし、楽しいからといって、それに溺れたり、のめりこむと、たちまち平常心を失う。物欲も然り。

人間の欲望にはきりが無い。これが手に入ったら次はあれと、欲望の対象は果てしなく広がる。
しかし、それではいつまでたっても心の充足は得られない。

老子は無欲を主張している。
戦後の日本は、まさにお金を稼ぐ事と、物欲に走ってきたと思う。
現在の人間には、なかなかそんな境地には至り得ないとしても、常に欲望のコントロールには留意したい。

ブログパーツ

止足の戒め

2011年06月04日 05:42

控えめにしていれば辱めを受けない、止まることを心得ていれば危険はない、足ることを心得る。(第四十四章)

余分な財産を持っていると、志を損なったり、過ちを犯しやすくなります。

つまらないことにこだわるべからず

2011年05月28日 10:15

広大無辺な道に目覚めた人物から見ると、この世の中のあらゆる事物、あらゆる価値観は全て相対的なものにすぎず、固執するするには及ばない。(第二十章)

現実の社会は、白だ、黒だ、勝った、負けた、と血まなこになっている場面が多くある。
ところが、冷静に客観的に見れば大した事では無かったりする。
そして、ゆとりのある生き方も発見できるし、人間の器を一周り大きくすることにもなるのでしょう。

理想的な赤ん坊

2011年05月20日 09:35

赤ん坊は無心で、柔軟で、活力があり、調和が取れていて、ことばを発しない。
赤ん坊のあり方こそ理想に近く、道に合致している。
(五十五章)

赤ん坊は無心であるがゆえに害虫にも刺されず、猛獣にも襲われない。
調和が取れているのが理想的なのでしょう。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。